一般会計ならびに介護、国保、老人医療、後期高齢者医療の各特別会計予算案に反対する立場から、意見を表明します。
市民の声ねりまは、委員会での質疑などを通して2008年度各会計予算案の問題点を指摘し、さまざまな要望・提案を行ってきました。すなわち
小額随意契約も含め、契約の透明化、適正化をはかること。再委託をはじめとした指定管理者の契約に対して、区の契約管理の基準、ルールを適用すること
指定管理者が取得・保有・利用する個人情報について、条例に基づく管理個人情報と同様の取り扱いとすること
16園の区立保育園委託化計画を白紙に戻すこと。委託園において、法人管理費が委託費総額の15%にのぼる事態を是正すること
地域コミュニティを育てる核として出張所を位置づけること。常勤の地域コミュニティ支援担当者を配置すること
NPO支援センターは、専用の事務所、専任のスタッフ、核になる事業主体が明確となるよう、いわゆる“ネットワーク型”の委託のあり方を見直すこと
通学介助利用基準の見直しに当たっては、当初の方針通り、保護者の休息・回復のための利用を認めること
支所等の多様な形態の活用も含め、地域生活支援センターを区内全域のより身近な地域で利用できるようにすること
障害者の緊急一次保護事業は、居室の個室化を進めるとともに、夜間の職員体制を充実させること
要介護高齢者の社会参加や余暇活動を支援する施策に取り組むこと。外出介助や、同居家族がいる場合の生活援助の利用を過度に制限してきた区の指導を改めること
特別養護老人ホームなど介護保険施設スタッフが意欲をもって働き続けられるよう、現任研修や職場内保育所の整備などの福利厚生に対する支援を行うこと
かかりつけ医機能の強化、地域医療機関の診療体制の整備などに取り組み、中核病院との機能分担・連携を進めること。順天堂練馬病院4人室の室料差額は、療養環境から見た差額の根拠が希薄であり、廃止すること
「放課後子どもプラン」事業の実施にあたっては、モデル事業の段階であることもふまえ、拙速な委託は行わないこと
学童クラブで障害児を受け入れる際は、臨時職員ではなく非常勤職を配置すること。中学・高校までを視野に入れた、障害児の放課後の居場所作り事業を整理・拡充すること
CO2など温暖化ガスの排出抑制と経費節減のためにも、ごみ減量の取り組みを加速させること。ごみ量の減少傾向を踏まえ、清掃一部事務組合の財政を圧迫する施設整備計画を見直し、練馬清掃工場の建替え計画をとりやめること
まちづくりにあたって遵守すべき計画として、「みどりの基本計画」をまちづくり条例に明記すること。都市計画事業がみどりの施策に十分配慮して行われるよう、制度や事務手続きを改善すること
武蔵関公園富士見池に新たな調節池を建設する工事を取りやめること。長年、実施されていない浚渫や堰の改善などにより、富士見池固有の調節能力を最大限に活用し、自然や公園機能と調和した治水対策に転換すること
2004年度道路交通センサス調査結果に基づいて、外環道整備の「効果」を再検証すること。地域PIの透明・公正な運営をはかること。八の釜憩いの森の対応策については、正式な諮問に先立って、緑化委員会、文化財保護審議会に報告し意見を求めること
特別支援教育に従事する学級経営補助員の非常勤化を図ること。インクルージョン教育を進める視点から、地域の学校の中で個に応じた支援が受けられるよう、施設、人員、指導体制を見直すこと
などです。
区政は今、安易な保育園の「委託化・民営化」など区民の不信を買う施策を強引に進める一方で、多額の一般財源を集中して道路や建設事業にかかる投資的経費を急増させるなど、区民の期待からますます遠ざかっています。さらに、国民的な批判を受けている後期高齢者医療制度の発足を是とする姿勢を明確にしていることも、きわめて遺憾です。先に指摘した具体的な課題は、いずれも当事者である区民の切実な声を踏まえたものであり、それぞれに区の姿勢を問う試金石でもあります。志村区長はじめ区理事者がこれらの指摘を真摯に受け止めるとともに、区民の自治と人間らしい暮らしを支える原点に立ち返るよう強く求め、意見表明とします。
一般会計ならびに国保、介護保険、後期高齢者医療、老人医療の各特別会計予算案に反対して、討論を行います。
新年度予算には、さまざまな充実・新規事業が盛り込まれています。それらの事業の一つ一つをとれば、支持できるもの、評価できるものもあります。逆に、これはどうかな、と思うものもあります。目立った変化はなくても、しかし、しっかりと継続されていくこと自体が大切な事業は、さらに数多くあります。誰が区長になっても引き受けなければならない現実はあり、そうした意味では、予算には100点満点も、逆に0点もありえません。 問題は、区政がどこを向いているか、どちらに歩を進めているか、です。この点で、新年度予算は、二期目を迎えた志村区政の意志と方向性がはっきりと現れたものであると考えます。それは、ひとことでいえば“投資シフト”、つまり限られた一般財源を普通建設事業に重点的に投入していく指向です。
新年度予算の際立った特徴は、投資的経費の急増です。投資的経費の大半を占める普通建設事業は、今年度に比べて75億円、37%の大幅増です。しかも、注意すべきは、この投資的経費の財源の3分の2は一般財源であり、まちづくり交付金などの国費、都費はわずか15%でしかありません。普通建設事業に充当される一般財源は、今年度比で40億円もの増加です。特定目的基金への積み立ても一面では投資的経費のための財源確保であることを考えれば、“投資シフト”はさらに顕著となります。 こうした一般財源のなかには、都からの財政調整で補填されるものもありますが、しかしその多くが、区民の税負担増、そして「委託化・民営化」を柱とした行政改革によって生み出されたものであることは明らかです。 新しい中期計画によれば、これからの3年間の投資的経費の総額は1,115億円にものぼり、今年度までの3年間の総額635億円と比べてなんと75%の急増です。区政・区財政の“投資シフト”は今後もさらに強まることは確実であり、それは志村区政2期目の本質であるといっても過言ではありません。
施設の建設も、学校の建替えも、公園も、道路も、その多くが意義ある事業であることは否定しません。しかし、何を優先し、どこに、どのくらい力を振り向けるかによって、まさに区政はその姿勢を問われます。そして、区政は今、“投資シフト”の陰で、区民の生活と思いの中に大きな傷跡を残そうとしています。その象徴が、保育園の「委託化」です。 「委託化」の対象となった保育園の説明会に、私も何度か参加しました。そのたびに異様なほどの強い印象とともに確認したのは、委託化を進めようとする区のきわめて強引な姿勢です。とりわけ所管部の責任者の口からしばしば飛び出した、保護者の思いを冷たく突き放す言葉、居直りとしか取れない発言の数々は驚くべきものでした。どれだけ多くの保護者と子どもたちがそのことによって傷ついたかを忘れることができません。しかもその挙句が、光が丘第四保育園の公募の失敗です。ときに極めて楽観的な見通しまで振りまきながら、保護者の強い異論を押し切り、あれだけ強引に公募を進めてきたのに、結局、区立保育園を受託するにふさわしい事業者を確保できなかった責任を、いったい誰が、どう取るのでしょうか。 16園の保育園委託化計画は10年間の累積で28億円もの財政効果がある、と区は言います。委託に伴う混乱と保護者や子どもたちが強いられる負担に目をつむれば、そして徹底して安上がりの保育士に置き換えれば、なるほどそうした計算も成り立つかもしれません。しかし、少なくとも現行の保育水準を維持するという公約を反古にしない限り、そうしたやり方はきわめて無理のあるものだということを今回の事態は象徴しています。しかも、そこでしゃにむに浮かせた財源が、区のさまざまな建設事業に消えていくとしたら、保護者の不信と怒りはどれほどでしょう。
特別会計に触れれば、今回の予算案では、国保、老人医療も含め、後期高齢者医療制度の導入に対応する予算案となっています。この後期高齢者医療制度は、75歳以上の高齢者をまるで社会の除け者扱いにし、急騰する保険料を資格証や特別徴収を使って取り立てるという過酷なシステムに支えられているものであり、日本の医療保障、社会保障の根幹を見失わせるものです。それにもかかわらず、あくまでこの制度を是とする区の姿勢は、容認できるものではありません。また、この間、介護保険において区みずから進めてきた生活援助や外出介助などの利用制限もほんとうにひどいものであり、早急な是正が必要です。
予算は、区政の顔つきを正直に映し出します。新年度予算が描き出す区政の顔は、残念ながら、生きにくさがつのる日々の暮らしのなかで区民が感じている不安から目をそむけています。あらためて当該予算案に反対の意志を表明し、市民の声ねりまの討論とします。
議案第16号に、反対の立場から討論を行います。
この条例は、後期高齢者医療制度の実施にあたって練馬区が執り行う事務に関する規程を定めたものです。しかし、今ここで議論すべきは、決してあれこれの事務手続きではありません。むしろ問われているのは、まず何よりも、後期高齢者医療制度の是否そのものです。 後期高齢者医療制度の創設を含む健康保険法等の「改正」案は、2006年、小泉政権のもと、自民党・公明党などの賛成で可決されました。とんでもない法律を作ったものだ、と今あらためて実感します。
後期高齢者医療制度創設の最大の眼目は、75歳以上の高齢者により大きな、しかもますます大きくなる負担を求める点にあります。東京都広域連合の保険料は、今年度の国民健康保険料に比べて、一人当たり平均で6,700円、均等割だけで見ても2,700円の値上がりです。保険料引き下のために2年間で総額400億円近い税金を投入してなお、この有り様です。税による負担軽減の過半は経過措置や時限的な措置でしかありません。しかも、後期高齢者医療制度では、高齢者医療費の増加が直接に保険料引き上げに跳ね返る仕組みとなっています。保険料負担は今後、さらに過酷なものになっていくはずです。 しかも問題は、この負担増が、特定の階層にしわ寄せされ、まさに保険料の「負担格差」とも言うべき事態が生まれていることです。とりわけ深刻なのは、厚生年金を主たる所得とする階層です。この間、税制や介護保険制度の改悪などで四方八方からきびしい負担増に見舞われてきたこの階層では、保険料は文字どおり跳ね上がります。 たとえば、今年度の国民健康保険保険料と比べると、後期高齢者医療の保険料は年金収入170万円前後では2倍強、平均的な厚生年金収入である200万円前後でも80%を越すという途方もない負担増です。最終段階で、この負担が急増する階層に対して追加的な負担軽減措置が採用されましたが、それでも階層によっては5割以上の値上げになります。 これに対して、際立っているのが高額所得者の保険料負担の軽さです。
後期高齢者医療には保険料の賦課限度額が設けられ、所得が705万円を越えるとそれ以上はいくら所得が増えても保険料は50万円に据え置かれる仕組みとなっています。区内では、この705万円以上の所得のある高齢者は約2,100人。ところが、人数で見るとわずか3.6%にしかならないこの高額所得者が、ひとり平均で3,000万円、75歳以上の高齢者が手にする全所得のなんと58%を手にしています。わずか4%弱の人に全所得の6割が集中している。社会一般の状況と比べても、驚くべき「格差」が高齢者の間には存在しているのです。 問題は、これだけの所得を集中している階層が、応分の保険料負担を求められていないという事実です。所得705万円を超えれば、たとえ5,000万、1億の所得があっても保険料は50万円です。すさまじい逆累進性です。 もし保険料の賦課限度額を廃止し、この705万円超の階層が他の所得階層と同じ保険料率で保険料を負担するとすれば、所得割保険料は平均で3万円以上減り、ほぼ半分になると思われます。限度額を引き上げるだけでも、中間層の保険料負担は少なからず軽減されます。もともと一部の高額所得者の存在が都の平均所得を大きく引き上げ、そのために国からの交付金が大幅に減額され、保険料に占める所得割の割合が極端に高くなる原因となりました。ところが、当の高額所得者が応分の負担をしていないために、そのツケが中間所得階層にしわ寄せされることになってしまっています。保険料負担の在り方から見た、制度の基本的な欠陥といわざるをえません。
後期高齢者医療制度は、75歳以上の高齢者に大きな負担を求め、しかも年金を主たる収入とする一般の高齢者にとりわけ大きな負担を求めるものとなっています。75歳の誕生日は「アンハッピーバースデイ」。長生きすることが不幸に感じられる社会は、よい社会ではありません。 今、国会では、野党の共同提案で後期高齢者医療制度の廃止を求める法案の審議が始まろうとしています。3月5日の国会内集会で、野党第一党の最高幹部のお一人がこう発言したと伝えられています。 「負担の『凍結』は溶けてしまえば元の木阿弥に戻ってしまう。徐々に深く入り込むいつものやり方は断じて認めるわけにはいかない。根こそぎこの法律をつぶさねばならない」。 まさに、その言やよし、です。安心して子育てできる社会と同じように、笑顔で老後を送ることのできる社会をつくることは、区政にとって最重要課題の一つです。後期高齢者医療制度の中止・撤回を求める国民的な声に連なる決意を込めて当該条例議案に反対し、討論を終わります。